逆さ事
- モチーフ
- 禁忌・境界・穢れ
逆さ事(さかさごと)とは、日常の作法をわざと裏返して行うことをいう。主に葬送の場で用いられ、常の日にこれを行うことは強く忌まれる。
語誌
葬送の場では、日常と逆の手順が数多く用いられる。
飯を炊くとき、常であれば水を張ってから米を入れるが、葬式の飯は米を先に入れる。これを空鍋(からなべ)といい、平日にこの順序でやることは忌まれた。湯をつかう際も同様で、水を先にして湯を後から足すのが逆さ水(さかさみず)である。屏風は逆さに立て、これを逆さ屏風という。帯や紐は普通と反対に結ぶ。土佐では木登り結び、大隅ではテックエ結びと呼ばれ、死者に用いるものとして常は避けられた。薪をくべるときに根の側から燃やすことを忌む例もある。
いずれも、手順そのものを裏返すという一点で共通している。
不自然であることが要点
この種の作法について、柳田國男は興味深い見方を示している。逆さの所作には、あらかじめ忌を避けやすくするために、動作をわざと不自然にしておく工夫があったのではないか、というのである。
意味を担わせるために裏返すのではない。日常のなかでうっかりやってしまわないよう、わざと日常から遠ざけてある。象徴としてではなく、設計として読む視点である。
逆さは、凶とは限らない
もう一つ、見落とせない但し書きがある。
藁を逆さにして屋根を葺くことは、神の仮の宿ではむしろ多く見られるという。日常でこれを忌むのは、常用に供してはならないという程度のことであって、逆さであること自体が凶を意味するわけではない、と柳田は記している。
つまり逆さ事が作り出すのは、死者の領域とは限らない。日常の外側である。神の宿もそこに含まれる。裏返すという手つきは、こちら側とあちら側を区切る線の引き方であって、あちら側が何であるかまでは決めていない。
蘇生への転用
逆さ水には、凶事とは正反対の用法も伝わっている。
死にかけた魚を生き返らせるまじないとして、水に入れ、尾を持って振りながら、逆さ水を飲め、と唱える地方がある。唱えれば生き返るという。
同じ所作が、死を送る作法にも、生を呼び戻す呪術にもなっている。 逆さ事が凶の徴でないことは、ここにも表れている。
怪談での用法
リョウメンスクナでは、即身仏の手続きが裏返されている。本来は僧がみずからの意志で仏となる行を、意志を奪ったうえで強いる。聖化の手順を丸ごと反転させて、呪物を作る手順に仕立てている。
ここで生まれるものが何であるかは、注意して見る必要がある。仏ではない。だが単なる屍でもない。逆さ事が神の宿と死者の領域の双方を作りうるように、この反転もまた、どちらとも名づけようのないものを生んでいる。呪物とは、そういう場所に置かれる。
この語から辿る
- リョウメンスクナ(即身仏の手続きを裏返して作られた呪物)
出典
柳田國男『禁忌習俗事典 タブーの民俗学手帳』。空鍋(五九頁)、木登り結び・屏風越し(六二頁)、空屏風・逆さ水(六三頁)、逆さくべ(六九頁)、逆藁(七一頁)の各項による。